科学史の事件簿 (朝日選書)

科学者も人間である以上、間違いや不正、様々な諍いや逸脱は科学の世界でもやはり起こる。激しい競争や政治・社会からの影響、未知の分野への手探りの探求といった要素が加わった時、それはしばしば極端な形で現れる。当代を代表する科学者だった24人の人物についての多様な逸話（必ずしも「事件」ばかりではない）を集めた、科学の裏面史的な1冊である。「ピルトダウン人」の捏造や「N線」、エイズウイルスの発見などを巡るスキャンダル。「生物の進化は急速な変化の時期と比較的変化の少ない時期を繰り返しながら進む」という「断続平衡説」を、米国で大きな勢力を持つ創造論者の陣営によって「生物が徐々に進化してきたというのは嘘」「進化論は間違いだと科学者も認めた」と歪曲して引用されてしまったスティーブン＝ジェイ＝グールドの憂鬱（実際、創造論者あたりの進化論否定本を読んでいると、しばしばこの論法が出てきてうんざりする）。患者や実験動物をサディスティックにいたぶる実験によって医学上重要な発見を数多く成し遂げた真性のマッドサイエンティスト・フランソワ＝マジャンディ。主に電気工学の分野で偉大な業績を残しながら、晩年、無限エネルギーや殺人光線などの境界科学へと没入していったニコラ＝テスラ…。「生命の自然発生」を否定したパスツールの有名な実験も、実は単純に「理知の勝利」で割り切れない複雑な背景があったという。興味本位の覗き見趣味や美談仕立ての発見物語ではなく、「科学」の進め方をめぐる構造的な問題や科学者の社会的・政治的責任にまで踏み込んだ内容はかなりダークで重いが、この問題を深く考えたい人にはお奨めの1冊だろう。